お灸に使う、もぐさのよもぎは、どこで採れてきたか【産地は、雪決めた】

お灸に使う、もぐさのよもぎは、どこで採れてきたか【産地は、雪決めた】

こんにちは

今回はお灸につかわれるもぐさの産地についてご紹介していこうと思います。

お灸に使う「もぐさ」は、よもぎから作られます。よもぎは、日本中どこにでも生えている草です。

それなのに、もぐさの産地は、時代ごとに一か所へ集まっては、また別の場所へ移っていきました。いまは、高級もぐさのほとんどが新潟県で作られています。

なぜでしょうか。「新潟のよもぎが特別だから」と言えれば話は早いのですが、記録を読んでいくと、理由の半分は、まったく別のところにありました。

もぐさの産地を、四十年かけて歩いた人がいる

この話には、一人の研究者が残した記録があります。織田隆三氏。全日本鍼灸学会雑誌に「モグサの研究」を第1報(1984年)から第11報(1999年)まで発表し、2001年に『もぐさのはなし 日本人はモグサをどのようにして造ってきたのだろうか』(森ノ宮医療学園出版部、123ページ)としてまとめた方です。

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特徴は、方法にあります。文献を読むだけでなく、主産地を実際に訪ね、工場を見て、原料のよもぎが生えている採集地まで歩いて調べています(出典:織田隆三「モグサの研究(1)」全日本鍼灸学会雑誌 33巻4号, 1984年, 427-430ページ)。

以下は、その記録からざっくりその変遷をまとめていきますね。

産地は、こう動いた

江戸時代以降の移り変わりは、第10報・第11報に整理されています。

時期 主な産地
江戸初期 近江(滋賀県)とともに美濃(岐阜県)
その後 北陸(福井県・富山県・石川県)へ伝わる
天保の頃(1830年代頃) 越後(新潟県)でも生産
1870年代 富山県が国内最大。福井・新潟・石川が続く
1930年前後 新潟県が日本一になっていた「ようである」
1999年時点 高級もぐさは、ほぼ百パーセントが新潟県

(出典:織田隆三「モグサの研究(10)」全日本鍼灸学会雑誌 48巻4号, 1998年, 371-380ページ/同「モグサの研究(11)」49巻2号, 1999年, 283-291ページ)

もぐさは、この一本の線の上だけで作られていたのではありません。同じ第10報には、伊予(愛媛県)や筑紫(福岡県)でも造られていたことが記されています。昭和期には長野・愛媛・福島・群馬・北海道などにも製造の例がありました。つまり、もぐさ作りは、かつて日本のあちこちにあったようです。

なぜ集まったのか。理由は二つしか挙げられていない

ここが、この記事でいちばんお伝えしたいところです。

織田氏は、北陸に、そして新潟に産地が移った理由として、二つを挙げています。

  • 原料用のよもぎが豊富で、質が良いこと
  • もぐさの製造は冬に行うが、雪国では冬に人手が得やすく、人件費も安かったこと

(出典:「モグサの研究(11)」1999年)

ひとつめは、想像がつきます。問題は、ふたつめです。

もぐさ作りは、冬の仕事なのです。

第1報には、こう書かれています。原料のよもぎの採集は、春から夏にかけて農山村の副業として行われる。刈り取ったよもぎは、しごいて葉だけを集め、むしろなどに広げ、天日でよく乾燥してから保存する。それを農協や仲買人が集荷して、もぐさ工場へ送る。そして工場は、通常11月頃から3月頃まで、主に冬期に操業する(出典:「モグサの研究(1)」1984年)。

夏に、草を集める。冬に、粉にする。

雪が降れば、田畑の仕事は止まります。その止まった手が、もぐさを作っていました。産地とは、よもぎがよく育つ場所であると同時に、冬に手が空いている人がいた場所だったということです。

よもぎの分布だけを見ていると、この理由は絶対に出てきません。産地を決めていたのは、植物の都合であると同時に、そこに暮らす人たちの一年の都合でした。

「伊吹もぐさ」という、有名な名前の話

もぐさといえば「伊吹もぐさ」を思い浮かべる方がいるかもしれません。百人一首の「かくとだに えやはいぶきの さしも草」の、あの伊吹です。

ところが織田氏は、古い歌にうたわれた伊吹山は下野(栃木県)の伊吹山であり、江戸期になると下野の伊吹もぐさは姿を消して、伊吹もぐさといえば専ら江州(滋賀県)のものになった、と書いています(出典:「モグサの研究(1)」1984年)。

そして1984年の調査時点で、滋賀県でのもぐさの生産はごくわずかでした。大部分は他府県産のもぐさを取り次いで小分け販売しているのが実状である。それなのに製品には「伊吹艾」と称し、伊吹山のよもぎを原料にしている旨を記したものが少なくない。織田氏は、商標としての伊吹艾はともかく、伊吹山のよもぎを原料にしているような表現は止めるべきである、とはっきり書いています。

四十年前の指摘です。けれど、産地の名前と、実際に草が採れた場所がずれていく——これは、いまも起きうることです。私たちがよもぎを扱う人間として、いちばん背筋が伸びる一節でした。

一キロのよもぎから、五グラム

もうひとつ、数字を置いておきます。

もぐさは、よもぎの葉を石臼で挽き、篩にかけ、唐箕で風選して作ります。この一連の精製工程を、業界では俗に「さらす」と呼びます。ただし織田氏は、この間に水や漂白剤を使用することは全くない、とわざわざ明記しています(出典:「モグサの研究(1)」1984年)。白いのは、漂白したからではありません。余計なものを、風で飛ばしきったからです。

その結果、どれだけ残るか。

等級 生葉に対する収得率 乾燥葉に対する収得率
最高級品 0.5〜0.6パーセント 3.0〜3.5パーセント
最下級品 3〜8パーセント 約20〜50パーセント

(出典:織田隆三「モグサの研究(6)」全日本鍼灸学会雑誌 45巻4号, 1995年)

生のよもぎ1キログラムから、最高級のもぐさは5〜6グラムしか採れません。お灸ひとつぶの、あの小さな塊です。

ついでに、石臼の話も。もぐさ用の石臼は直径約70センチ、上臼下臼とも厚さ20センチ前後で、毎分30〜50回転します。その原石には、新潟県糸魚川市の早川で採れる安山岩が使われていました(出典:織田隆三「モグサの研究(3)」全日本鍼灸学会雑誌 43巻3号, 1993年, 135-141ページ)。糸魚川は、よもぎの産地であるだけでなく、それを挽く石の産地でもあったわけです。

では、いまは

2011年に、もぐさの製造・加工・卸業者14社へアンケートを行った調査があります。12社から有効回答を得たその結果は、こうでした。

  • よもぎ葉の仕入量:国内産88トン/外国産45トン
  • もぐさの仕入量:国内産13トン/外国産50トン
  • 製造時期:11月下旬から3月下旬頃

(出典:松本毅・形井秀一「日本のモグサ製造の現状について——モグサ製造業者へのアンケート調査——」日本東洋医学雑誌 66巻2号, 2015年, 140ページ)

これは日本全体の生産量ではなく、回答した12社の仕入量です。そこは正確に読む必要があります。それでも、もぐさとして仕入れられている量は、外国産が国内産の三倍以上でした。

同じ論文には、日本では他の国にはない、精製度の高いもぐさが作られている、とも書かれています。技術は、まだここにあります。細っているのは、原料のほうです。

そして現在。新潟県の資料によれば、糸魚川地域は、お灸に使うもぐさの原料となるよもぎの生産が国内トップクラスで、旬は5月から7月、主産地は旧糸魚川市・旧能生町・旧青海町とされています(出典:新潟県「糸魚川地域の農業の概要」)。織田氏が歩いた場所は、いまも残っているようです。

信州で、よもぎを植えている理由

ここまで読んでくださった方に、正直なことを書きます。

私たちは信州・諏訪と富士見町で、よもぎを育てています。富士見町の方は2026年5月に植えたばかりで、1年目は根づくのを待つ段階です。群生するのは2027年以降。うまくいっていないことも、まだたくさんあります。

もぐさに使える品質かどうかも、まだ検証の途中です。そこは言い切りません。

いま国産よもぎが細っているのは、草が消えたからではありません。摘む人と、集める人が、先に減ってしまったからです。

私たちが畑に立っているのは、そういう理由です。今年うまくいくとは思っていません。でも江戸時代には栄えていたよもぎ産業を現代にもう一度。

読んでくださった方へ

もし手元にお灸があったら、ひとつぶを指でつまんでみてください。その5グラムほどの塊の後ろに、夏に草を刈った人と、冬に石臼を回した人と、それを何百年も続けてきた土地があります。

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